2015年3月5日発行

【江川紹子の事件簿】川崎市中一殺害事件

江川紹子氏

【3月5日、mulan=東京】


■少年法改正論議は有効か?


本当に痛ましい事件だ。川崎市の中一殺害事件のニュースが報じられるたびに、上村遼太君のあどけない笑顔の写真に、胸が詰まる。

気温約5℃の寒い夜に、裸にして川で泳がせ、首を大型カッターで切りつけて殺害するという手口の残忍さには、本当に慄然とする。そうした被害者への同情と加害者への怒りが相まってか、容疑者の少年3人が逮捕されるや、「少年法を改正すべきだ」との声も上がっている。このような悲惨な事件への対応として、少年法改正論議は果たして有効なのだろうか。

先鞭を付けたのは、自民党の稲田朋美政調会長だった。3少年が逮捕された2月27日、次のように述べた。

「犯罪を予防する観点から、今の少年法の在り方でいいのかは、これから課題になる」

「少年が加害者である場合は(報道などで)名前も伏せ、通常の刑事裁判とは違う取り扱いを受けるが、(少年犯罪が)非常に凶悪化している」(産経新聞サイトより)

この意見を後押しするように、読売新聞は3月3日の社説で、こう主張した。

〈少年による凶悪事件は後を絶たない。犯罪抑止の観点からも、少年法の在り方を議論する時期にきているのではないか。〉


■少年事件は本当に凶悪化しているか?


果たして犯罪は、特に少年事件は、かつてより凶悪化しているのだろうか。

戦後のデータを見ると、殺人事件は昭和30年をピークに、減少している(資料1)。2013(平成25)年の殺人認知件数は938件で、ピーク時の3分の1だ。警察白書で、ここ10年ほどの少年犯罪のデータを見ると、薬物事犯や交通事件などを除いた刑法犯で検挙された少年は激減している。そのうち凶悪犯(殺人、強盗、放火、強姦)は、2004(平成16)が1584人だったが、2013(平成25)年には786人と半減した(資料2)。その間に増えているのは、65歳以上の犯罪だ。

凶悪化を問題にしなければならないのは、少年よりむしろ高齢者犯罪の方だろう。

残念なことに、凶悪な事件は時々起きる。

10代による強盗殺人、レイプ殺人なども、これまでにもいくつも起きている。昭和の終わりには、名古屋アベック殺害事件、東京・江東区の女子高生コンクリート詰め殺人のように、主犯格には死刑や無期懲役刑が求刑されるほど残虐な、少年グループによる事件があった。

平成に入ってからも、1994(平成6)年の木曽川・長良川リンチ殺害では、11日間に4人を次々に襲って殺害した少年たちのうち、当時18歳から19歳だった3人に死刑が確定。1999(平成11年)年には、栃木県で少年グループが、被害少年を呼び出し、凄まじいリンチをした挙げ句に、殺害する事件が起きており、主犯格の2少年には無期懲役判決が出ている。

今回の川崎での事件は、極めてむごいものだった。でも、だからといって、最近の少年犯罪全般に凶悪化の傾向がみられるとは言えないし、凶悪事件が増えているというのも事実に反する。

それに、少年法によって、凶悪犯罪を犯した少年が不当に甘やかされているというイメージがあるようだが、それも実態にそぐわない。少年も、いったん家庭裁判所に送致された後、検察に逆送致され、その後起訴して大人と同じような刑事裁判にかける仕組みがある。上に挙げたいくつかの事件は、そのようにして逆送され、主犯少年らに刑事罰が科せられた。


■条文が有名無実化する時代


現在の少年法では、故意に人を死亡させた事件を犯したと認められた16歳以上の少年は、原則として逆送することになっている。16〜17歳の少年は、成人なら死刑になるところを無期懲役とするなど、刑軽減の規定はあるが、量刑についても、かつてに比べて最高刑が重くなるなど、確実に厳罰化が進んでいる。18歳の場合は、死刑もありうる。光市母子殺害事件では、犯行時18歳だった男に対する死刑の判決が確定している。

今回の被疑少年らも、事件への関与が認められれば、逆送されて成人と同じように裁判員裁判を受けることになる。そこで有罪となれば、相応の刑罰を受けることになるだろう。

確かに少年法では、実名や写真などをメディアに掲載してはならないことになっている。だが、この規定には罰則はなく、これまでもいくつかの凶悪事件で、週刊誌が被疑少年の名前や顔を報じてきた。インターネットで誰もが発信できる現在では、この条文は有名無実化している。今回の事件でも、ネット上では早くから、少年らの実名が掲載された。マスメディアの記者たちも、それを見て主犯格の少年の自宅に取材に行ったりしている。

さらには、少年の自宅前からネット中継をして、名前や住まいを明かす者まで出てきた。何人も、国家に成り代わって、個人を罰する私刑(リンチ)行為をする権限も資格もない。法治国家としては、このような法を無視したリンチ行為こそ、問題にしなければならない。

2000年以降、4回にわたる少年法改正では、凶悪事件に関して、加害少年の保護更生より、より重い刑罰で厳しく処罰することに重きが置かれた。それでも、今回の事件が起きていることを考えると、厳罰化は犯罪予防にはほとんど役に立たない、とも言えるだろう。本当に厳罰化で犯罪が減るものなら、高齢者犯罪を厳罰化したらいいくらいだ。


■犯罪予防のために必要なこと


報道によれば、主犯格の18歳の少年は犯行時、理不尽な怒りにかられていたうえに、酒を飲んで理性のコントロールを失っていたようである。そのような者が、いちいち少年法の規定を意識しながら犯罪を行うとは考えにくい。犯罪予防のために少年法が改正必要と叫んでいる者は、少し頭を冷やした方がいいのではないか。

それよりも必要なのは、今回の事件を十分に検証し、各分野の専門家が情報や意見を交換して、このような犯罪者を出さないためにはどうしたらいいか、被害者を守るには何をすべきかを、徹底して議論し、問題を改善していくことだろう。

たとえば…

*多くの地元の子どもたちが、上村君が暴力を受けていることを知っていた。なのに、なぜ大人たちに情報が伝わらなかったのか。

*事件の約1週間前、上村君の知人グループが、18歳少年宅に押し掛け、上村君への暴力に抗議してトラブルになった。その際、110番通報で駆け付けた神奈川県警の警察官は、18歳少年のスマホからの電話で上村君に聞き取りを済ませ、上村君が「仲直りした」と話したために、それ以上の対応はしなかった。個別に聞き取りを行い、学校と連繋して対応することはできなかったのか。

*担任の教師は、上村君の保護者への連絡や家庭訪問をくり返していたが、本人に会うことはできなかった。学校側には、もっとできることがあったのではないか。あるいは、学校側をサポートする仕組みが必要ではないか。

*少年グループに対し、地域の人たちができることはなかったのか。

*上村君の母親は、5人の子どもを抱えて早朝から夜遅くまで働いていた。そのために、息子の様子を十分に把握できなかったと、母親は弁護士を通じて発したコメントの中で、悔やんでいる。経済的に困難なシングルマザーに対する公的支援は、果たして十分なのか。経済格差ゆえに、子どもが命の危険にさらされるようなことがあってはならない。

*虐待やいじめの被害者が、その後加害者に転じる場合がある、との専門家の指摘もある。18歳少年も、過去にいじめに遭っていたという情報もあるが、実態はどうだったのか。
 上村君の笑顔を心に刻みつつ、大人たちが考えなければならないこと、話し合わなければならないこと、やらなければらならないことは、たくさんある。【了】

(資料1)http://www.moj.go.jp/content/000112398.pdf
(資料2)http://www.npa.go.jp/hakusyo/h26/data.html



江川紹子(えがわ・しょうこ)
1958年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1982年〜87年まで神奈川新聞社に勤務。警察・裁判取材や連載企画などを担当した後、29歳で独立。1989年から本格的にオウム真理教についての取材を開始。「オウム真理教追跡2200日」(文藝春秋)、「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書)等、著書多数。菊池寛賞受賞。行刑改革会議、検察の在り方検討会議の各委員を経験。オペラ愛好家としても知られる。個人blogに「江川紹子のあれやこれや」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/)がある。


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