2016年11月21日発行

【パリの空の下から 国際行政官の視点】⑫〜マラケシュを襲った米大統領選の衝撃

cop22/マラケシュにて 著者撮影

【11月21日、mulan=パリ】


11月7日から18日まで、モロッコのマラケシュにおいて、COP22(第22回気候変動枠組条約締約国会議)が開催され、OECD環境局に勤務する筆者も、それに参加してきた。

昨年、パリで開催されたCOP21において、新たな法的枠組みである「パリ協定」が、世界のほぼ全ての国により合意されたことは、気候変動対策の大きな一歩であった。そして、COP22が開幕する前の11月4日、パリ協定は、55ヶ国以上の批准と、それらにより世界の55%以上の温室効果ガス排出量をカバーするという条件を満たし、発効した。パリ協定の発効は当初、2016年中にできるかどうかと思われていたところ、予想を上回る早さで実現したことは、COP22に臨む関係者達の機運を大きく盛り上げた。

しかし、この空気は、COP22開幕直後、11月9日の朝に一変する。アメリカでトランプ氏が次期大統領に選出されるという、思いがけない出来事が起きたのである。

トランプ氏の当選は、政治、経済、外交、あらゆる観点から、世界を震撼させるニュースであったが、特に、マラケシュに集まる気候変動対策関係者達にとっては、青天の霹靂であった。トランプ氏は、気候変動自体に対する懐疑論者として知られ、自分が大統領になったら、パリ協定から脱退することを公言しており、気候変動対策に対する最大の脅威とみられていたのである。このニュースを受けた後、COP会場は、トランプ大統領が意味するところに関する議論で持ち切りであったという。

6月のBrexit、そして今般のトランプ氏の当選、これらの出来事は、戦後ヨーロッパの基調となってきた自由民主主義、国際協調主義といった価値観を根底から揺さぶるものであった。しかもそれが、こうした価値観の体現者でもあったアメリカ、イギリスを震源地として起きたことも象徴的である。

これらの背景には、経済・社会の国際化の中で「敗者」となった人々の不満、政治・経済をリードしてきたエリート層への反感があると言われる。Brexitの国民投票、そしてアメリカの大統領選は、こうした人々の怒りの鉄槌であり、ある意味で、民主主義が機能した結果であるともいえよう。だが、こうした形での民主主義の発露には、危険な側面もある。民主主義政治において決断を下すのは、現在の有権者の絶対多数であるが、その中において、今は投票できない、あるいは生まれてさえいない、将来世代の利益は考慮されているだろうか。民主主義とは、国民に関することがらを国民が自ら決めることを意味するが、そこでいう国民とは本来、将来世代をも含むべきものなのではないだろうか。こうした、世代間の利益の乖離は、筆者が日本で携わってきた財政においても、現在携わっている気候変動問題についても、共通の側面がある。

トランプ・ショックが一巡した後、COP22に集う関係者のトーンは、気候変動対策に向けた世界の潮流は、アメリカの大統領が誰になろうと変わらない、また変えさせてはならないという前向きなものとなってきたように思われる。トランプ氏は、当選決定後は比較的穏当な言動を維持しており、気候変動に関しても目立った発言をしていない。実際に大統領になれば、それほど非常識なことはしないのではないかという希望的な見方もある。

それでも彼が、前任のオバマ大統領ほどにこのテーマに関してリーダーシップを発揮することは考えにくいが、少なくとも、歴史の歯車を逆回転させないために、世界が協力していく必要があろう。【了】

※本稿は個人としての見解であり、筆者の属する組織の見解を代弁するものではありません。


(筆者プロフィール)
高田英樹/たかだ・ひでき
1995年に東京大学法学部卒業後、財務省(旧大蔵省)に入省。1997年から99年に英国留学。2003年から06年に、英国財務省で勤務。2009年に民主党政権下で新設された「国家戦略室」の最初の職員として抜擢された。主計局、主税局等で、主に財政政策に携わる。2015年7月より、パリ・OECDに出向。個人blogに日英行政官日記(http://plaza.rakuten.co.jp/takadahmt)がある。
近著に日本の財政の真実


高田英樹 パリの空の下から OECD 政治・経済 財務省