2016年11月7日発行

【ベルギー便り しなやかで強かな女性外交力】㉒〜ダイヤモンドは女の親友

グランプラスのダイヤモンドショップ/著者撮影

【11月7日、mulan=ブリュッセル】

Diamonds are a Girl’s Best Friend!

「女が年をとれば男たちは見限るけれど、ダイヤモンドはずっとそばにいてくれる、ダイヤモンドは女の親友よ」、と歌ったのはマリリン・モンローですが、やはり女性としてこの魅力的な石、ダイヤモンドとベルギーの関係について触れないではいられません。

 アントワープ中央駅に到着すると、ダイヤモンドの文字や絵の入った看板が目につきます。それもそのはず、駅近辺約1,000㎢のエリアに、ダイヤモンド関連会社が約1800社集中しているそうです。アントワープには、世界に29カ所ある取引所のうちの4つの取引所に加えて、ダイヤモンド取引専門の銀行、輸送会社、保険会社、鑑定機関、研究所などが軒を並べているのです。

 ダイヤモンドの原石の80%、カットされたダイヤモンドの50%がアントワープから世界に出て行きます。原石はベルギーで研磨されるか、他の国に研磨に出されて再びベルギーに戻るケースもあります。研磨産業の大半は、ベルギー、イスラエル、インドの主要3カ国に集中しており、仲介業者としての規模はベルギーが最大です。1990年以降、ダイヤモンドはベルギーの輸出の約7%を占めていて、関連産業も含めるとベルギー経済において重要な位置にある産業であることは明らかです。

 なぜアントワープなのでしょうか。

 ベルギー政府によるダイヤモンド産業に対する税制面等での優遇措置が現在のアントワープのダイヤモンド産業を支えているといわれています。優遇措置に加えて、イスラエル集中を避ける、米国よりも独占禁止法等の規制がない、インド等よりインフラが整っている、ベルギーの研磨技術が高い、といったことが、アントワープをダイヤモンド産業の中心地にしているそうです。歴史的には、ダイヤモンドの研磨器具を発明したのがユダヤ系ベルギー人で、その発明により、14世紀末には既にアントワープはダイヤモンド・センターとして機能するようになりました。
 その後、1930年代、ユダヤ人迫害によりユダヤ人の多くが難民となり米国、英国等に移住しましたが、第二次世界大戦後、ユダヤ人技術者は再びアントワープに戻り、ダイヤモンド市場を再建したのです。信頼が重要な業界なので、父から子へと引き継がれているそうです。道理で、アントワープの街中では、ベルギーの他の都市ではみかけない、長い顎髭に黒い帽子や衣服の正統派ユダヤ人男性の姿をみかけるわけです。

 ただ、10年前まではユダヤ系の人達が50%を占めていたアントワープのダイヤモンド業界も、最近は様変わりし、売り上げの60%をインド系の人が占めているそうです。ブリュッセルのグランプラス周辺にもいくつかダイヤモンドのショップがありますが、確かにそこのオーナーはインド系ばかり。もちろん、ダイヤモンド業界を牛耳るデビアス社の本社がある南アフリカの人も結構いるそうです。ダイヤモンド・ビジネス、なかなか複雑そうです。

A Diamond is Forever.〜ダイヤモンドは永遠の輝き。

 ダイヤモンドは、アントワープ、ベルギーに輝きをもたらしているのは間違いなさそうです。なかなか、ダイヤモンド・ビジネスで成功したきらびやかな別世界を垣間見る機会もなく、おとぎ話のような生活を体験する機会もないのが残念です。もちろん、グランプラスにあるショップのショーウィンドウには、そんな高価で手の出ないものが並んでいるわけではありませんので、ベルギーにお越しの際には、せっかくですので、よろしかったら記念にダイヤモンドを!【了】


※筆者の個人的な見解で、所属する組織の公式見解ではありません。

栗原恵津子(くりはら・えつこ)
1995年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、外務省入省。1996-1998年、英国ケンブリッジ大学留学、その後、英国、ブルネイでの在外勤務を経験。東京ではアフリカ、西欧、経済連携協定、ユネスコなどを担当する部署で勤務。2014年1月にベルギーに赴任、広報文化全般を担当。

ダイヤモンドは女の親友

インド系オーナーが経営するショップ/著者撮影

意外と手頃な価格で楽しめるため、ぶらりと入る客も少なくない/著者撮影


ベルギー便り,政治・経済,栗原恵津子,ライフ,