2016年5月24日発行

【パリの空の下から〜国際行政官の視点〜】⑨〜岐路を迎えるヨーロッパの社会民主主義

エマニュエル・マクロン経済相/Wikipediaより

【5月24日、mulan=パリ】


■欧州や米国では、伝統的に二大政党が政権交代を繰り返す


本年4月2日付けのThe Economist誌は、ヨーロッパにおける社会民主主義(social democracy)の退潮に関する特集記事を掲載した。イギリスやフランス、あるいはアメリカといった国々では、伝統的に二大政党が政権交代を繰り返しており、一方の政党が保守・経済自由主義を、他方の政党が社会民主主義を基調としている。イギリスの労働党や、フランスで現在政権を担っている社会党がそれに該当する。

なお、日本ではこれまで、こうした政策の対立軸に基づく二大政党制は確立されてこなかった。二大政党制における経済自由主義と社会民主主義の対立は、財政・社会政策について言えば、小さな政府(低負担・低福祉)と大きな政府(高負担・高福祉)の二つのベクトルの中での選択である。しかし、日本では伝統的に「負担」と「福祉」を表裏一体のものとしてとらえる発想が弱く、現実的な政策に立脚する社会民主主義政党が育ってこなかった。その結果、左派政党に現実的な政権獲得可能性が無く、与党自民党に対するチェックの役割しか果たし得なかったのである。(ただし、政権後期の民主党は、社会民主主義政党的な色彩を持っていたともいえる。)

これに対し、ヨーロッパでは社会民主主義政党が、政権党ないし、政権を担いうる主要野党として存在感を発揮してきたが、そのあり方は時代と共に変化している。近年、社会民主主義政党の政治家として最も印象に残る人物の一人は、1997年にイギリス労働党を率い首相となったトニー・ブレア氏であろう。彼は「第三の道」をスローガンに、より中道的な路線を推し進め、労働党を刷新した。彼の首相在籍時は、筆者がイギリス財務省に出向していた時期とも重なるが、近年におけるイギリス経済のピークであったともいえる。しかし、イギリス労働党は、2008年のリーマンショック後の金融危機で行き詰まり、2010年に保守党に政権を明け渡した。その後党勢は回復しておらず、最近、より旧来的な左派に回帰しつつある。

他方、フランスでは、2012年に社会党のフランソワ・オランド氏が大統領となったが、経済・雇用環境は低迷している。こうした状況を打開するため、オランド政権は労働市場改革に乗り出したが、これが伝統的な左派の支持者の反発を招くこととなった。最近、そのための法案が国会で審議され、最終的には、国会の議決を経ず法案を採択することのできる憲法上の強行規定が発動された。しかし、その少し前から、法案に反対するデモが毎日行われ、最近ではそれが過激化し、暴徒化している。


■左派・右派の垣根を超えた新たな政治勢力


国民には不人気な労働市場改革だが、経済専門家の間では、この程度の改革はやって当然であり、むしろ足りないぐらいだとの見方も多い。日本でも、正規と非正規の労働市場の二極化が問題となっているが、フランスにおいても、正規労働者の権利は非常に強く守られている一方、失業率が10%以上に高止まりしており、特に若年層については失業率が25%程度にまで及んでいる。労働市場改革は、正規労働者の既得権を弱めることによって企業が雇用を増やしやすくすることを意図したものだが、政府にとっては皮肉なことに、この改革で最も恩恵を受けるはずの学生や若者が、反対デモの先頭に立っている。

この労働市場改革に端的に示されるように、現在のフランス社会党政権は、より市場原理重視(右寄り)の方向に政策をシフトしている。その旗手として注目されているのが、民間銀行から転身し、30代の若さで閣僚となった、エマニュエル・マクロン経済大臣だ。昨年、マクロン氏が担当となって国会に提出された経済規制改革法案(フランスでは「マクロン法」と通称される)が、やはり憲法上の強行規定により、国会における反発を押し切って成立した。(もっとも、同法の内容は、例えばデパート等の日曜営業をより広く認めるようにするなど、外国人からすれば当たり前に思えるようなものも多い。)

右寄りの改革への反発が大きい割には、マクロン氏個人の人気は高く、世論調査では次期大統領候補として、現職のオランド大統領やヴァルス首相よりも高い支持を集めている。マクロン氏は先日、左派・右派の垣根を超えた、新たな政治勢力の発足を発表した。これは、来年予定される大統領選挙をも視野に入れた布石であるとの見方も強い。以前、イギリス労働党のトニー・ブレア首相が唱えた「第三の道」をも想起させるものであるが、伝統的に政治全体がより「左寄り」の傾向が強いフランスで、こうした路線が成功するのかどうかが注目される。

他方、左派、右派いずれの伝統政党にとっても脅威となっているのは、極右政党や民族主義政党の台頭だ。イギリスでもフランスでも、もはや「二大政党制」は崩れているとも言われる。フランスで昨秋行われた地方選でも、極右政党である「国民戦線」が、二大政党を上回る勢いを見せた。先進国全体の経済成長が鈍化する中、伝統政党が吸収しきれていない国民の不満がこうした動きの背景にあるとも考えられる。ヨーロッパの社会民主主義は岐路を迎えているといえよう。【了】

※本稿は個人としての見解であり、筆者の属する組織の見解を代弁するものではありません。


(筆者プロフィール)
高田英樹/たかだ・ひでき
1995年に東京大学法学部卒業後、財務省(旧大蔵省)に入省。1997年から99年に英国留学。2003年から06年に、英国財務省で勤務。2009年に民主党政権下で新設された「国家戦略室」の最初の職員として抜擢された。主計局、主税局等で、主に財政政策に携わる。2015年7月より、パリ・OECDに出向。個人blogに日英行政官日記(http://plaza.rakuten.co.jp/takadahmt)がある。
近著に日本の財政の真実


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