2015年12月17日発行

【バリの空の下から 国際行政官の視点】④〜気候変動対策の新たな枠組み「パリ協定」

経済産業省HPより

【12月17日、mulan=パリ】


■テロに対する社会の強靱性が鍛えられている


この1ヶ月間ほど、パリに世界の注目が集まった時期は無いだろう。

11月13日の金曜日夜、パリ市内において連続テロ攻撃が行われ、計130人が死亡する大惨事となった。この事件については、日本でも大きく報道されているところである。

事件の直後、多くの政府関係者の頭をよぎったのは、11月末から開催されるCOP21(気候変動枠組条約締約国会議)への影響であろう。しかし、オランド大統領はすぐさま、COPを予定通り開催することを宣明した。世界各国が協力して、人類の未来のための議論をしようとするこの会議をテロのために中止ないし延期することは、まさにテロリストの勝利を意味することになるからだ。

なお、筆者が勤務するOECDでも、テロ翌日の土曜日に、全職員に対して、月曜日から通常通り業務を行う旨のメールが送信された。奇しくも10年前、筆者がやはり現地で遭遇した、ロンドンの同時爆破テロの際もそうだったが、ヨーロッパではこうした事件が以前からしばしば起きている一方、それに対する社会の強靭性も鍛えられているように思う。

11月30日、COP21は予定通り開幕し、初日には、日本の安倍首相や、アメリカのオバマ大統領、中国の習首席等を含め、150を超える世界各国の首脳がパリに集結した。その後の交渉プロセスは平たんなものではなかったが、予定の終了日を一日超過した12月12日の土曜日、195ヶ国の参加の下、パリ協定(Paris Agreement)がついに採択された。


■パリ協定(Paris Agreement)、ついに採択!


この新たな協定は、1997年のCOP3で合意された京都議定書に代わる、気候変動対策の新たな法的枠組みとなる。京都議定書は、一部の先進国のみが参加し、アメリカや中国(それぞれ温室効果ガス排出量の2位、1位)といった大国が対象となっていないという問題があったが、今回のパリ協定は、開発途上国を含めたほぼ全ての国が参加し、温室効果ガス排出抑制に向けて何らかの取組みを行う点に大きな特徴がある。

その背景にあるのが、「共通だが差異ある責任」(common but differentiated responsibilities)という基本原則だ。地球温暖化の影響は、地球全体に及ぶが、それが各国にもたらす被害の規模と速度は一様ではない。また、その原因となる二酸化炭素等の排出量や、排出抑制を行う能力も国によって異なる。

開発途上国からすれば、今日の地球温暖化を招いた主な原因は、産業革命以後、化石燃料を大量に消費しながら経済発展を遂げてきた先進国にあり、先進国がより多くの責任を負うべきとの考えが根強い。他方、先進国から見れば、過去の経緯はともかくとして、現在、そして将来においてより多くの排出が見込まれるのは新興国・開発途上国であり、それらが排出抑制に強く取り組まない限り、温暖化抑制は不可能である。

だが、沈みかけている船の中で、乗客同士で言い争い、責任をなすりつけ合っていても、皆が破滅に向かうだけだ。

今回の協定では、先進国と途上国がまずはテーブルに着き、温暖化抑制へ向けた長期的な目標と、その達成へ向けた「共通の責任」を確認した。長期的な目標としては、現在の科学的知見において、温暖化による破滅的な影響を免れるために必要とされる、産業化以前と比較しての気温上昇水準「2度」を「優に下回る」(well below)ものとすることを法的文書として初めて確認し、さらに、1.5度へ向けて「努力する」(pursue efforts)ことも明記した。努力目標とはいえ、1.5度の数字まで書き込まれたのは、温暖化で特に危機にさらされる島嶼国に配慮したものと考えられる。

そして、この目標を達成するため、今世紀後半に、温室効果ガスの排出を森林等による吸収の範囲内に抑える、すなわち実質的にゼロにすることとしている。これらの目標を共有したことは、重要な第一歩といえる。


■各国の自主的な行動計画に基づく取り組みを強化することが前提


他方、全ての国の参加を優先するために、各国の行う取組みについては、自主性・柔軟性を重視した、ソフト・タッチなものとなっている。各国の取組みは、交渉開始前までにそれぞれ提出した、自主的な行動計画に基づくものとなっており、それですら、その実施を強制的に担保する手段はない。しかも、現在各国が提出している取組みを全て実施したとしても、「2度目標」には届かないと推計されており、今後、取組みをさらに強化していくことが前提となっている。

パリ協定の締結は、あくまでも出発点に過ぎない。しかし、重要かつ不可欠な出発点である。

とりわけ、テロの直後であったにも関わらず、このパリの地で世界各国のリーダー達が、差異を超えて共通の目標のために合意したことには、気候変動対策を超えた大きな意義を有するといえよう。【了】


※本稿は個人としての見解であり、筆者の属する組織の見解を代弁するものではありません。


高田英樹/たかだ・ひでき
1995年に東京大学法学部卒業後、財務省(旧大蔵省)に入省。1997年から99年に英国留学。2003年から06年に、英国財務省で勤務。2009年に民主党政権下で新設された「国家戦略室」の最初の職員として抜擢された。主計局、主税局等で、主に財政政策に携わる。2015年7月より、パリ・OECDに出向。個人blogに日英行政官日記(http://plaza.rakuten.co.jp/takadahmt)。近著に、日本の財政の「真実」〜なぜ消費増税は必要なのかがある。


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