2015年9月8日発行

【ベルギー便り しなやかで強かな女性外交力】⑨〜市民のための平和の鐘、カリヨンの音色に耳を傾ける

カリヨンを奏でる奏者/ハッセルトのカリヨン博物館内にて

【9月8日、mulan=ブリュッセル】


■世界最大規模の野外演奏楽器の音色が街中に響く


世界最大規模の野外演奏楽器、といわれたら、何を思い浮かべるでしょうか。

現在のベルギー、オランダを中心とするフランドル地方で15世紀頃に登場したのがその楽器です。カリヨン、と呼ばれる楽器ですが、日本では数が非常に少ないため、なじみは薄いと思います。

実は、私自身も、ベルギーに来るまではカリヨンはからくり時計のイメージでした。

まず、カリヨンとベルはどう違うのかというあまりに初歩的な疑問から始まりましたが、ブリュッセルでもあちこちでカリヨンの音色を楽しめます。

カリヨンは、日本語では組鐘と訳されるようですが、教会の塔や鐘楼に設置された複数の鐘からなる伝統楽器です。巨大なシリンダー式のドラムで自動演奏したり、カリヨン奏者が鍵盤とペダルで演奏したりします。つまり、ベル(鐘)、釣り鐘一つでは楽器として位置づけられませんが、カリヨンは楽器、ということができるのです。

14世紀頃、時を知らせるのは鐘でした。

人々は鐘が鳴り出すと、何時なのか知るためには鐘の鳴る数を数える必要があります。そのため、時を知らせる鐘が鳴り出す前に、これから時を知らせますよ、という合図のための「前打ち」といわれる小さな鐘が付け加えられたことに始まるそうです。前打ちの鐘の数がどんどん増えた結果、「楽器」として演奏ができるカリヨンが完成したというわけです。カリヨンが「市民のための鐘」といわれる由縁でしょう。

カリヨンの全盛期は17世紀、19世紀には機械式時計の発達とともに衰退しましたが、20世紀になってカリヨンの魅力が見直された結果、鋳造、調律技術、奏者の育成が図られています。見直されたきっかけは、カリヨンに「平和の鐘」としての役割や意味合いがあることにもあると思われます。


■練習のため、塔の上までらせん階段を上がっていく


ベルギーにはメッヘレンに王立カリヨン学校というカリヨンの専門学校があり、近隣諸国のみならず、北米、アジアから技術を学びに来るケースもあるそうです。演奏技術はもちろんですが、自動演奏のプログラムをどのように組むかという技術なども習得していなければカリヨン奏者とはいえない、とのことです。

シリンダー式ドラムを見たときに、「オルゴールの中身のようですね」と表現したら、「逆です、オルゴールの原型がこちらです」と説明を受けました。自動演奏の技術は、いわばコンピュータのプログラミングの初歩のようなものといえるそうです。

カリヨンという楽器の難しいところは、練習用楽器すら個人で持つことは簡単ではないところでしょう。本物はそもそも塔の上にあるわけですから、練習するにもそこまで上がっていかなければなりません。

メッヘレンの聖ロンバウツ大聖堂の鐘楼は最上階までなんと513段。カリヨンを演奏する場所は最上階に近いところに位置しているため、500段近くの狭いらせん階段を上がらなければなりません。さすがに息が上がって、途中休憩が必要でした。ブルージュは366段、トゥルネーは257段と、500段まで行かなくてもどこの鐘楼も登り甲斐があります。

ハッセルトのカリヨン奏者にお会いしましたが、数年前に引退された前奏者は御年80歳を超えられていたとのこと。鐘楼内にはもちろんエレベーターはありませんので、カリヨン奏者の条件には足腰が丈夫なことも含まれそうです。

ブリュッセルで聞こえてくるカリヨンは自動演奏ばかりですが、それでも、カリヨンの歴史とその演奏の大変さを知ると、人々とともに育ち、愛されてきたこの楽器の音色に耳を傾けたくなります。【了】
 
※筆者の個人的な見解で、所属する組織の公式見解ではありません。


1995年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、外務省入省。1996-1998年、英国ケンブリッジ大学留学、その後、英国、ブルネイでの在外勤務を経験。東京ではアフリカ、西欧、経済連携協定、ユネスコなどを担当する部署で勤務。2014年1月にベルギーに赴任、広報文化全般を担当。

大小の鐘からなるカリヨン

メッヘレンの大聖堂

メッヘレンにあるカリヨン専門学校内

カリヨンの練習に励む学生


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